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アサシンクリードIVブラックフラッグが先日無料配布されて、久しぶりにUplayを起動したらいつ購入したのかさえ覚えていないFarCry Primalがあって、そういえばこんなのもあったな、クリアしてなかったな と思ってプレイ。

で、クリアしたので書く


まず、最初に言っておきたいのは少なくとも、The Forestの主人公よりは現代人をしてる原始人たちがテーマということ

ぶっちゃけFarCryシリーズくらいメジャーなゲームでカニバリズムはレーティングの関係で入れられなかったってことなんだろうけど
「食人族の村をこん棒片手に襲い、食人族の死体でオブジェを作る主人公」よりは、「小便かけたお面を何の躊躇も無く被る主人公」のほうが薄皮一枚現代人だと思う。

さて、FarCryというゲームは狂気というものがテーマに存在して
最初は人ひとり殺すのに躊躇していた主人公がいつの間にか何のためらいも無くなっていたり、自分の野望の邪魔になるからと仲間を殺そうとしたり
そういうものが根本として存在しているゲームがFarCryで、それは人間的理性があって初めて成しえるものだと思う

つまり、「スーパーマンが空を飛べてすごい」というものは「人間は空を飛べない」という前提があって初めてすごいこと、となるように「人を殺してはいけない」という人間的理性があって初めてFarCryの狂気というものが浮き彫りになる、という感じ

で、FarCry Primal。舞台は石器時代
人間的理性どころかそもそも人間なのか?という、「人類始めてました」みたいな時代が舞台で果たしてFarCryというゲームを描き切れるのか?そう思っていた

結論から言えば、逆だった
FarCryがどんどん人間的理性を失っていく・・・つまり、「人を殺してもよい」という考えに落ちていくゲームだとすれば
FarCry Primalの場合はどんどんと主人公が人間的理性を得ていくゲームだった

もちろんアクションゲームであるから途中で敵キャラを倒せなくなる縛りが入ったりするわけじゃないし、今まで散々仲間を殺してきた敵のボスを慈悲深く助けてやることもなく、キッチリ殺す
一度は仲間になった敵でさえ殺してしまう。

ここが重要なのだ。「仲間になった敵」。
例えば猿が敵対している群れの1匹を捕らえたとして、わざわざ命をかけて助けたりするだろうか
そんな無駄なことをするのは人間だけである

そう、このゲームは類人猿が人類になるゲームなのだ
敵を受け入れ、仲間にし、共に歩んでいく
「人類」が第一歩目を踏み出した そういうゲームである





ゲームとしては割と普通のFarCryでした
野生動物狩って装備クラフトして、消音武器で拠点制圧してっていう
フクロウ強すぎ。槍投げ強い。こん棒必要なくない?
ストーリーでビーストマスターって設定生かせてないよね。ビーストマスタービーストマスター言われるけどゲームムービー中に従えてる獣1フレームも出ないし。
サーバルちゃん相棒だったけどステルスで拠点制圧中は邪魔だったし。

ストーリーは割と良かったけどゲームとしてはまぁ普通かなぁって感じ
FarCry4遊んでるならストーリー以外でほぼ差無いし遊ばなくていいんじゃない
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