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自分の目指している物に対して、色々思うことがあったので書いていくことにする
今、夜の3時、さらにはまともに立てないほど酔っ払っている状態
つまりは深夜テンション的な乱雑な文であることは重々鑑みた上である程度のご容赦を願いたい

ただ、今やろうとしていることに関しては守秘義務みたいな面倒くさいものがあるから明言化はしない
この記事を読んでいる人が「ああ、あの職業のことなんだな」と察することがあったとしても、出来ればコメント欄等に書いてもらわなければありがたいと思う
そっと心の中にとどめる程度で、どうか一つ。
今、自分が目指している物
それはただ単純に自分の実力だけでは成すことが出来るものではない
様々な人の巡りあわせや奇跡・・・、つまりは運によって成すことが出来るものである。そう自分は思っている

自分の運について、俺は人より優れていると思っている
つまり、俺は他の人より運が良いと思っている
それは例えば目の前の信号がたまたま青色だった。そしてそれが目的地まで続いた。とかそういう細かいことではなく、もっと大局的な運だ
生まれ持った親から自分の周りに存在する友人、それらすべてが良い人間だった。そういう運である

親の話をしよう
俺の親は放任主義だ
だが、俺がこの道を目指したいと言ったとき、二つ返事で承諾してくれた
決して軽い道ではないし、軽い金額でもなかった
それでも俺が選んだ道ならば、そういって送り出してくれた。そういう両親に生まれたことがまず幸運なのだと思う
それに関して俺自身、感謝の念しか無いし感謝の念以上に何かを返すことが出来るとも思えない

少し前に、『「自分の両親をどう思っているのか」の答えを考えなさい』という問いを受けたことがある
それならば俺は世界でもっとも賢い人間より明確な答えを持っている
「絶対に超えることが出来ない人間」だ
何故ならば、もし仮に俺が世界でもっとも偉い人間だとしてもそれは両親に支えられた結果であって、両親無くしてそこに俺は立つことが出来なかった
階段の2段目に立っているのが俺ならば、両親は一段目だ
一段目無くして二段目はありえない。そういう風に、両親無くして俺はありえない
だからこそ、「絶対に超えることが出来ない人間」として俺は俺の両親を挙げる

それから友達たちの話をしよう
すべからく、俺の友人たちは尊敬すべき人間たちだ
自分が知らない知識を持ち合わせていたり、自分が持っていない物を持っていたりする
例えば俺はガンダムやらのロボットアニメが苦手なわけだけれど、それらに対して熱く語れる人間に対して尊敬を覚えるし
俺は何か企画することに対して長けていない。だからこそ、それらを企画する人間に尊敬を覚える
俺が持っていない話のセンスや服装、雰囲気
俺の友人たちは「俺が持っていない物」で構成されている

今思えば俺はそういう友人たちに甘えていたのかもしれないと思う
俺が何もしなくても進んでいく企画、何もしなくても進んでいく会話

人生の起点に立ち、今までの人生を振り返ってみれば今まで運が良すぎたのだと思う
例えば宝くじで常に1億貰える人間がいたとして、そいつが急に宝くじが当たらなくなった時、「当たらなくて普通」なはずなのにソイツは当たらないことに不安を覚えるだろう

今の自分がそうなのだろう

今まで人とのめぐり合わせが良すぎたから、少し悪くなっただけで不安に思う
今の自分の精神状態を的確にとらえるなら、これ以上に的確な言葉は無いだろう
人生の起点に立ち、ようやっと自立する時が来た。そういうことなのだろう

最近、休日の過ごし方が分からなくなっている
よく、「オンオフの切り替えを出来る人間が上へ行く人間だ」 という言葉を聞く
もちろんそれを否定するつもりはない。オンオフの切り替えは大事だと思う
ただ、俺という一個人はそういう人間ではないと思う

一度張り詰めた糸を解いてしまうとその後に張ることが出来ない人間というものは存在する。
そして俺は俺自身を見つめ直したとき、きっと俺はそういう人間なんだろうと自覚している
一度怠けてしまえばそれから一生怠け続ける人間。それが俺なのだろうと俺自身は自覚している
だからこそ休日に怠けてしまわないように、怠けてしまわないように、そう思う

これは一種の鬱なのだろうか?と自問自答をする
精神科の医者でもない自分に自問自答をして、結局答えは虚無の向こうだ
÷0の答えを探して虚無に落ちる。それが今の自分で
自由落下をする最中、前に進む算段も無いのに犬かきをしているのが、自分
溺れているのに掴む藁さえ無いのが、自分

何か安心感を得たくて酒に逃げて、それから気まぐれでこうやってタイピングをして、誰の目にもとまることの無い記事を書いているわけだけれど、それが俺の心の藁になればいいかな、とも思っている

まだまだ酔いが醒めないのでまた別の話をしよう。宗教の話だ
外国人にはともかく、我々日本人には疎い宗教の話。

正直なところ、俺自身神は信じていない
ガンジーは酒と愛人にまみれた俗物的聖人だし、2000年前に生きていて十字架に磔にされた聖人なんか信じてもしょうがないとさえ思う
脇から子供が生まれるわけねぇだろうと思っているし、豚は生で食ったら腹痛になるからっつー教えを豚は神聖な物と勘違いしている宗教も信じてない

ただ、唯一信じている神がいる

俺だ
俺が神で、信者は俺で、俺という神が俺という信者のためだけに教えを残す
俺だけのために俺という神が頑張っている宗教は信じている

この宗教の利点は超柔軟で無敵だということ
新しい考えを柔軟に取り入れて新しい教えになるし、例え他人から悪口を言われようとも俺という神が否定したなら気にしなくていい
そんな宗教、世界のどこを探しても俺の中にしか存在しない。世界最強の宗教だ

この2か月の間に俺は否定を受けた
「お前は常に上から目線で尊大。私はお前のことが気に入らない」
そのとき神はこういった
「上から目線で何が悪い。お前(俺のこと)が常に上から目線で物を見ているのであれば、尊大に物を言えと言われた時何も意識する必要は無くなる」

こうも言われた
「お前は人を指差すクセがある。それを私は気に入らない」
神はこういった
「だからなんだ。他人に伝えたい気持ちが体に出ているだけだ。まったく気にする必要はない」

色々考えた結果、自分は自分の信じる道を歩めばいいのだと悟った
他人からの抑圧、妨害、様々なものがこれからも降りかかってくるだろう
だがしかし、自分の中で確固たる自我さえ持ってさえいればそれらは些細な雨霰にすぎず、我たる我が気にする必要はない
我、王の器足らずや。しかして神の器足るぞ。・・・なーんてのは言い過ぎかな?

そういう風に考えていけば、まぁ、些細な人間関係なんぞ気にする必要はないんじゃないかなと
結局のところ、2年後には関係の無くなる関係であるしね
人生50年。人類史に直せば一日にして成らず。それだけの年月に悩むのもまた馬鹿らしからずや・・・、ってところでしょうか

酔いも冷めてきた当たり、時刻も4時を指そうとしている辺りでお開きで
「いい年して厨二病かよ~ あんなこと書くんじゃなかったぜ~」と枕に顔をうずめる俺がいるってところをオチとさせていただきます
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